マドリからみる映画『君の膵臓をたべたい』の謎と妄想

私の宝物とその壁

映画「君の膵臓をたべたい」メイン画像07

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

病院での一連のシーンについて

病院、あるいは病室というのは余計な装飾が抑えられているためか、そこにいる人間の素材が浮き彫りになる気がします。

桜良、きれいですよね。
個人的には劇中で一番きれいだったんじゃないかと思います。
というか病院に入るまではくしゃっと笑うかわいい感じがしていました。
しかしここではやさしく微笑むような、そして時折研ぎ澄まされたような表情をしている感じがします。

【仲良し】くんは声がほんのすこしだけ変わったように感じました。
もちろん普段のクールさからは考えられないほど、強い声を出したときの印象からですけど。
ただ、より感情が剥き出しにというか、彼なりにではありますけど、思いが純化していったのは間違いないのではないかと思います。

映画「君の膵臓をたべたい」病室声を荒げる仲良しくん画像

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

まあ、もう名セリフのオンパレードですよね。
ひとつひとつ上げていったらキリがないし、その必要もないです。
映画を見るのが二回目以上にもなると、ここから残り50分くらい泣きっぱなしです。

 

「来るなら言ってよ」について

『もう、来るなら言ってよ』という桜良の病院での最初のセリフはただし、他の名セリフと比べてシンプルながら、同じように価値があります。

つまりこの最初のお見舞いは桜良が呼んだのではなく、計画したことでもないということ。【仲良し】くんが自発的に何も告げずにお見舞いに来てくれたってことですよね。

映画「君の膵臓をたべたい」来るなら言ってよ画像

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

まあ普通に考えたらお見舞いに行くのなんて当たり前なんですけど、この物語では違う。
図書館から病院へ、つまり【仲良し】くんが初めて自分から壁の外に出たシーンなんです。
これは驚くべき変化というか大事な一歩というかそう思っていいんじゃないでしょうか。
少なくとも、桜良にとってこれがどれだけ価値があったか。

本来、このあとの桜良の時間というのは、病室と同じように殺風景なものになるはずだったと思います。
共病文庫の内容だって、もしかしたら重く苦しい言葉で埋められていたかもしれません。
桜良だって多少なりとも、うっすらとでもそれを予想していたはずです。

映画「君の膵臓をたべたい」病室共病文庫画像

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

そんなときに彼が普段と変わらない日常を彼自ら持ってきてくれたのです。
誰よりも強い心を生かしてか、普段と変わらない表情で。
誰とも繋がらないようにしてきた彼が自ら繋がり続けようとしたのです。

桜良はかつて学校の屋上で普通の毎日が欲しいと語っていました。
しかしぐるりと一周まわって、このときこそ日常の大切さを本当に感じたのではないでしょうか。
あまつさえ、彼は彼自ら夜中の病院へ忍び込んでくれたんです。

もはや他に余計なものはいらないと思うほど嬉しかったでしょうね。

映画「君の膵臓をたべたい」布団の中で泣く桜良画像

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

ただし、同時に桜良には気にかかることもできたと思います。
自分が死んだあと【仲良し】くんはどうなるのか?
また親友の恭子も『桜良以外に友達なんていらない』とある意味彼と同じタイプだったりします。
このままだと『そんなの死ぬに死ねないよ』なのです。

桜良はこうして残る二人のためにも何かをしたいと思うようになっていったんじゃないでしょうか。

 

ハグについて

映画「君の膵臓をたべたい」病室桜良ハグ画像1

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

そして超傑作アニメ「ルパン三世    カリオストロの城」みたいなハグ未遂についてもどうしても書き残しておきたいです。
場面としては病院へ忍び込んだ夜、『私に生きてて欲しいの?』『とても』の会話のあとの出来事です。

桜良は『とても』と返事をされたことに感激し【仲良し】くんをハグしますが、彼は躊躇した結果ハグを返しません。

映画「君の膵臓をたべたい」病室仲良しくんハグ画像

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

このときに彼が何を思ってハグを返さなかったのか、非常に判断に苦しむところです。
九州へのお泊り旅行での「真実か挑戦」のときのように、恐怖から逃げたと言いたいところですが、ハッキリそうとも言い切れないです。

やはり単純にハグをするのってすこし気恥しいし、さらにいえば【仲良し】くんはこれまで恋人はおろか友人もいなかったほどなので、よりハードルは高い気がします。
要するにそもそもの日本人の文化に関わってくる問題でもありますよね。

またこの直前には彼としては素直に勇気を出して『とても』と返しているわけですし、あるいはもしかしたら「とても悪くて良い日」がトラウマ、まではいかないにしてもなにかしらのブレーキになってしまったのかもしれませんし、どういう気持ちでいたのかなかなか判断に困ります。

なので結局は「分からない」が正解なんだと思います。
なにか変な禅問答みたいではありますが、分からないことはそのまま分からないとしたほうが良かったんです。

ところが問題なのは桜良がこれをどう受け取ったか。
本来なら分からないとすべきところを、どのように感じてしまったのか
残念ながらこれはハグの表情の変化からだけではなく、文字としてハッキリと分かっていることなんです。

映画「君の膵臓をたべたい」病室桜良ハグ画像2

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

そしてもちろんこのよく分からない態度を取った【仲良し】くんに問題がないとは到底思えません。

 

囚われの姫君について

ここでさらに注目すべきなのが、物語の逆転が起きているということです。
あるいは本当の姿が顕在化したというべきか。

ともあれここから、正確には桜良の入院からいわゆる「囚われの姫君」の物語が始まります。Damsel in distress(ダムゼル・イン・ディストレス)というやつですね。

映画「君の膵臓をたべたい」ベッドに横たわる桜良画像

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

この物語というのはこれまで、壁の中の【仲良し】くんを桜良が外の世界に連れ出していくというストーリーだったはずです。最初は現実的には図書館からスイーツパラダイスへでしたよね。
そしてそれは彼自らが病院へ来たことでゴールを迎えたと言ってもいいと思います。
まったくもって桜良のおかげですよね。

ところが今度はその桜良が病院の中に、あるいは壁の中に閉じ込められて外の世界に出れなくなってしまったのです。

そしてもちろん囚われたのは肉体だけではありません。
『もう一度旅行したかったなあ』とその心も囚われ始めたのです。
【仲良し】くんがいないときは共病文庫という本ばかりを見るようになったのです。
【仲良し】くんが本ばかりを読んでいたのと同じように。

映画「君の膵臓をたべたい」病院の天井を見る桜良画像

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

ここからは逆に【仲良し】くんが彼女を外の世界に連れ出さなければいけなかったんです。

しかしそれは『つかの間の外出許可』で『今日はなんだか元気』なときはあったものの、結果的に12年以上もかかってしまいます。
『誰かと心を通わせること』を誰よりも熱望していたあの桜良が、『自分一人では生きてるって分からない』と言っていた桜良が、『また一気に花開く』までにそれほどの年月を要してしまうのです。

理由はひとつ。
桜良は【仲良し】くんを外の世界に連れ出すことには成功しましたし、こののち自分自身の壁を破壊することにも成功しましたが、【仲良し】くんの壁を破壊することには結局失敗したからです。

というよりも、本当は【仲良し】くん自身が彼の壁そのものを破壊する必要があったんです。
彼はその強い心の壁によって桜良に日常を運び続けましたが、さらに日常を運び続けるにはその壁が逆に邪魔となったのです。
彼なりに大きな変化は遂げましたが、あとひとつ決定的な変化が足りなかったのです。

よって、二人の心が通じ合ったように見えるこの夜から、むしろ本当の悲劇が始まったと言えるかもしれません。

映画「君の膵臓をたべたい」囚われの姫画像4

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

いや、やはり最初から王子様を待つお姫様のお話だったのかもしれませんね。
お姫様抱っこをされた女の子はみんなお姫様だし。
「星の王子さま」を持つ男の子は王子様だし。

 

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