マドリからみる映画『君の膵臓をたべたい』の謎と妄想

とても悪くて良い日

映画「君の膵臓をたべたい」メイン画像06

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

恋人じゃない男の子について

高校2年生にもなって上履きを隠されるとか相当へこみますよね。

ともあれ5月9日月曜日(大安)くもりのち雨、桜良の自宅で起こったことについてです。
エクステリアは一部しか見えていませんが、これぞヒロインの家という感じのおしゃれなおうちですよね。
本筋と全然関係ないですけど桜良の『上がって上がって』と言う感じ、すごく良いです。

映画「君の膵臓をたべたい」桜良自宅外観画像

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

いつものとおり【仲良し】くんは、よりにもよって両親のいない彼女のうちで仕掛けられることになるわけですが、桜良のしたいことって何だったんでしょうかね?
というか、なぜ変な条件付きにこだわったんでしょうか?

まず前提として、家族の写真立てを分かりやすく伏せたり桜良の表情(恥ずかしがってるとこ最高)から「いけないこと」をしたかったのが本気だったのは、とりあえず間違いないとしましょう。

のちに語られる共病文庫に記載された内容から、【仲良し】くんに彼女にする気が無いと言われたから仕方なくその場で言い換えたのではなく、元々「恋人じゃない男の子」を目的としていたというのもまあOKとしましょう。

映画「君の膵臓をたべたい」写真立て画像

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

ではなぜか?

思い出作りだけが理由なら、男の子といけないことをするだけでいいと思うんですよ。
わざわざ「恋人じゃない」などと条件を付ける意味が無い。
もし必要なら自分の心の中だけで「恋人じゃない」と勝手に思っておけばいいだけです。

しかも今回はわざわざ「彼女にする気」を相手に確認している。
自分に課した条件なのに、なぜ相手に確認する必要があるんでしょうか。
彼女にする気が無いなんて言われたら「いけないこと」をするためのハードルが上がると思うんです。
相手には「いけないことがしたい」とだけ伝えれば十分じゃないですか?

例えば九州へのお泊り旅行ですが、電車の中で一瞬共病文庫を見せています。
その中の死ぬまでにやりたいことリストには『男の子とお泊まり旅行したい』と書かれているだけです。「恋人じゃない」とか「仲良しの」とか余計なことは書かれていないし言ってもいません。

映画「君の膵臓をたべたい」やりたいことリスト画像

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

でも今回のやりたいことリストでは「恋人じゃない」とわざわざ付けているし、「彼女にする気」を相手にも確認しているのです。
何か変じゃないですか?

桜良が【仲良し】くんに対して独特の言い回しを使うときというのは、照れ隠しのためという場合が多いと思います。しかし、「恋人じゃない」は照れ隠しどころかむしろ過激にしているような印象を受けます。
あるいは過激な言葉を使ってでも隠したい何かがあるのか?

ともあれ劇中人物の言動だけで考えたら、なかなかしっくりきません。

それならと考えたのがメタ的な理由です。
つまり作者が「なんとなくエロスが足りないな。そうだ、いけないことをさせよう。今風に相手を恋人じゃない男の子にして」とか思ったんじゃないかと。
そしてついでに映画製作委員会のお偉方も「余命わずかの女子高生が恋人じゃない男の子といけないこと?今風でよろしい」とGOサインしたみたいな。

つまり理由らしい理由はなく、ただ作り手が物語を盛り上げたかっただけということです。
しかし案外、これが答えに近いんじゃないかと思うんです。

ただし、作者の名前は山内桜良、物語のタイトルは「共病文庫」です。

 

桜良のもうひとつの顔について

桜良の場合、思い出作りは単なる思い出作りでは終わらなくて、思い出を作って共病文庫に書き込むまでがワンセットなんです。
自分自身の記録、あるいは病気と共に生きている証として。
つまり大げさに言えば、ノンフィクション作家としての顔が桜良にはあるんです。
例えば「アンネの日記」の著者と同じように。

映画「君の膵臓をたべたい」共病文庫に書く桜良画像

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

そして桜良自身もおそらくそれに気付いたはずです。
もしかしたら何年か後、この共病文庫を誰かに見られるかもしれない。
そしてその主人公であり筆者はいま現在の自分自身である、という風に共病文庫を客観視、あるいは自分の人生を客観視したんです。
いわば物語が二重というか劇中劇というか、入れ子状態の主人公が主人公だと気付いたわけです。

後のシーンですが、病院からの電話で『大丈夫だって、死にかけの少女が病院から抜け出して途中で死ぬってお約束だから』と桜良は発言しています。
つまり我々観客と同じように、桜良は死にかけの少女の物語を他にも知っているんです。
そして他の物語に登場する死にかけの少女に自分を例えられるくらい客観視出来る人なんです。

そうして桜良は今回、切り口というか言い方をわざとすこし変えて、いずれ共病文庫を読む人を引っ掛けようと考えたはずです。
「いけないこと」の相手を「恋人じゃない」と書くことによって、ある意味物語を盛り上げようとしたんです。
桜良は言葉の使い方や言い回しが上手いのです。

もしかしたらですけど、桜良は重病の可哀想な女の子というような視点をどこかすこし裏切りたい気持ちもあったのかもしれません。
「共病文庫」というタイトルの付け方からして元々そういう傾向がある気がします。

まあ、浜辺美波さんの可憐さがむしろミスリードになっているような側面ばかりですけど。

ともかくしかし当然、共病文庫に嘘を書くわけにはいきません。
嘘を書くと本の価値が下がるとまで考えたかは分かりませんが、やはり自分の人生が嘘だったように思えてしまうし、自分自身にはまるで意味が無いし、性格的にも許せないでしょう。

だとしたら、いけないことをしたい相手に聞くしかない。
その相手が彼女にする気が無いといえば、真実としてハッキリと共病文庫に「恋人じゃない男の子といけないことをした」と書ける。
なぜなら恋人とは双方の合意があっての恋人だから。
「片思い」ならギリギリで合格だから。

まあ妄想ですけど。
しかしそもそも「好きじゃない男の子といけないことをする」とは言っていないし、書くつもりもないだろうし、それなら相手に確認する必要も無いのです。
あくまでも「恋人じゃない男の子といけないことをする」なんです。
「好きな男の子といけないことをする」だとお約束ですしね。

しかし残念ながら桜良は失敗し、結果死ぬまでにやりたいことリストは永遠に未達成のままとなります。
やはり恥ずかし過ぎたんでしょうね。

映画「君の膵臓をたべたい」泣く桜良画像

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

 

心が折れた【仲良し】くんについて

しかし、いやらしいですよねえ。
いや『(彼女にする気は)絶対無いよ』と言われたときの桜良の表情って一切映らないんですよ。
これだけ映画全体で桜良(の表情)を推しているのに、カメラワークも優秀なのに、このときだけは引き気味で桜良の後ろ姿を映し続けているだけで、顔は写さない。
仕方ないと思いますけど、見てみたかったですよね。

映画「君の膵臓をたべたい」リビング桜良仲良しくん画像

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

ちなみにこの映画は照明さんも本当に優秀で、このときのリビングの照明もすごく良い雰囲気ですよね。
例の玄関での名セリフのときの、壁に映る雨の影も最高にカッコいい。
図書館なんかの光ももちろんカッコいいんですが、このあと殺風景な病院シーンが多くなるので、まあ本当に照明さん次第みたいなところがあります。

学級委員長役の彼もいいですよね。
劇中に登場する人物の中では唯一の嫌われもの役(そもそも登場人物少ない)ですが、非常にがんばって好演されています。
動き方も気持ち悪いし声の張り方もちょうどいい感じにバカっぽくて素晴らしいです。
個人的にはこういう役をやる人はひいきしたくなります。

委員長自身も桜良に近寄るなと言われた上に死なれてしまいますががんばってほしい。
「星の王子さま」をなんだかんだ返したところにキュートさを感じます。

映画「君の膵臓をたべたい」学級委員長画像

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

さて、【仲良し】くんが怒った理由なんですけど、これはもうバカにされたと思ったとかからかわれたと思ったとかで別に問題はなさそうです。
実際、敬意を欠いた行動に見えますし。

しかしどんな理由にせよ、余命わずかの女の子を泣かせたら罪悪感が半端ないでしょうね。俺の五体、爆発してバラバラに砕け散れくらいは思ったでしょう。
こんな自分が彼女にふさわしいはずがない、近くにいる資格が無いと心が折れたのも当然です。

映画「君の膵臓をたべたい」仲良しくん心が折れた画像

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

ちなみに桜良は【仲良し】くんなら自分の言い回しに必ず気付くと思っていたでしょうね。時間はかかるとしても(瞬間的に気付くのはさすがに無理)少なくともいずれは気付くと思っていたに違いないです。
「さんを付ける人」というちょっとした言葉遣いから人格を想像してそれを好きになるという、ありえないほどの感受性を持つ彼なら。

まあただ、このあと病院で桜良が『私は君をどう思っていると思う?』と確認したときはまだ全然何も気付いていなかった様子ですけど。
そしてこのときに共病文庫をいずれ読むように指切りで約束します。

映画「君の膵臓をたべたい」指きり約束前画像

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

 

意思と選択について

そしてキミスイ屈指の名セリフ『私たちはみんな自分で選んでここに来た』の登場です。

桜良としては偶然とか運命とかいう言葉は絶対に受け入れられないでしょうね。
最後のやりたいことリストが失敗して、桜良の心も折られていたとしても受け入れられないでしょうね。
運命を恨まないと決め病気と共に生きてきた身としては、そしていまその運命に抗おうとしている身としては、そんな言葉は受け入れられないでしょうね。

そしてなにより【仲良し】くんを励ますためにも、仲直りするためにもそんな言葉を受け入れることは絶対に許せなかったと思います。

映画「君の膵臓をたべたい」意志と選択桜良画像

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

この日の共病文庫に書かれたことについて、のちに全文が語られるわけですが、それは以下のとおりです。

とても悪くて良い日だった。
少しだけ一人で泣いた。
今日は泣いてばかりだ。

激動の一日といっていい日だったのに、何があったかは何も書かれていません。
「恋人じゃない男の子といけないことをしたい」の推移も結末も当然書かれていません。
一応「良い日」とも書かれているのにその良いことすら書いていないんです。
具体的に分かるのは二回以上泣いたことだけ。

おそらく大きなショックを受けたのは間違いないと思います。
死ぬことすら書ける共病文庫に何も書けなかったんですから。
非常に大きな挫折感とか罪悪感とか孤独感とかそういうものを味わったんでしょうね。

映画「君の膵臓をたべたい」意志と選択画像2

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

ただし、主な目的だったであろう「いけないこと」自体には失敗し、また共病文庫に何も書き残せないどころか桜良にとっても【仲良し】くんにとっても苦い思い出となりましたが、「恋人じゃない男の子」という密かな想いだけは打ち明けることが出来たと言ってもいいのではないでしょうか。

むしろ結果が何も書かれないことにより、本当の意味を知ることが出来るのは【仲良し】くんだけとなったのです。共病文庫あるいはそこに書かれた桜良の心を受け継ぐ下地はこのときに出来たと言っていいかもしれません。

とはいえ現実的には一石二鳥どころか三鳥も四鳥も狙ったような大胆かつ奇妙で切実な目標が達成できなかったのは事実です。そしてこのあと入院することもあり、このように自分の意志と選択によって共病文庫を彩るような思い出作りはほぼ出来なくなったのです。

映画「君の膵臓をたべたい」病室で驚く桜良画像

(c) 2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 (c)住野よる/双葉社

ところがここから共病文庫はその作者である桜良ですら想像しなかったであろう最後の輝きを見せるのです。
【仲良し】くんが大きく変わり始めたからです。

この章はこれでおしまいです。
桜良の自宅も2回出てきますが、それについては別の章で。

ちなみに、優れた言葉の紡ぎ手である共病文庫の作者と、熱心な読書家であり図書館にある膨大な本を分類した歴代最高図書委員の出会いが、単なる偶然なわけがないですよね?

 

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